鵙キキと独り遊びのゆきかえり
いにしえより、モズは、鵙、百舌、百舌鳥、?などと、あまたの心にふかくかかわってきている。
宮本武蔵の枯木鳴鵙図のように、鵙には枯木が似合う。たしかに、枯木が似合うんだけれど、似合い過ぎてしまって、鼻についてしまいかねないきらいが無くもない。
晩夏から、秋のふかまりにそうように、鵙は、次第に、その存在をふかめてゆく。
夏草が、やや、疲れたあたりの、ひらけた空間を、悠々と見張れるたかつきに、鵙の鋭い眼光がある。そうして、見張れるひとつの空間に結界は張られ、その結界を犯すものの侵入が阻止され、日々、鵙の鳴き声に鋭さが増し、初冬にむかう。
そうした鵙の習性に、いにしえ、多くの人達は、哀しいまでの孤高を感じてきたのだろう。夏を過ぎ、秋装う、この多摩川の一画に、今年も、また、一羽の鵙があらわれる。