すべてにわたって”変化”の波動┄が凄まじい。
たしかに、いつの時代にあっても、つねに”変化”はあった。
“変化”は、あったけれど、それは、つねに、相応の予定的な変化であったような気がする。いつ

知らず情報難民になってしまったのか、新しい事象に怖れすら感じてしまう。
かっては、細い沢筋の全てが棚田になっていた。やがて、農村人口の激減からか、トラクター等の利用可能な圃場以外は放置されるようになってきて、棚田の風景は急激に変化していった。さらに、都市部と農村部の経済的な乖離からか、圃場の整備はさらに拍車がかけられ、わずかに残る山間部の圃場は放棄されてしまった。「変革」は、生産、流通、消費などの社会生活のすべての分野のすみずみまで及び、これをのがれて生活することが許されないような状況にあるような気がする。出穂する山間部の圃場は、かっての「はざぎ」の痕跡を残し、懐かしくも「豊穣の刻」を知らしめてくれる。
