…国境の長いトンネルを抜けると雪国であった…とは、雪国の冒頭
そのトンネルを走る列車の上り、下りに何度もお世話になっていたはずなのに、それが、単線だったことを、殆ど記憶していない。
雪の新潟からトンネルを抜けると青い空の山あいの土合駅、新潟にトンネルを抜けると雪にうもれた土樽駅、その間の、長い長いトンネルの印象は、あまりにも、遠すぎる微かな記憶になってしまった。
降り立つ土合駅、かって、お世話になった土合ビレッジは跡形もなく、当然、相馬さんなど、だれひとり知る人もいない。
その日は、連休のなか日とあって、終電車から降り、ビレッジのドアを叩いたのは、もう、24時をまわっていた。
「どうしたん。」のぶとい声の相馬さん、ドアを開け、わずかな登山装備の若者に、とまどいながらも、ふっと、笑顔で、「隣の部屋でもいいかな?」って、管理人室の隣の部屋の扉を開けてくれた。
うすら寒い部屋、ほの暗い裸電灯、ザックのすべてを取り出し、パッキング、突然に、ノック、大柄な相馬さんがたっていた。
「先日、お客さんから頂いた花火、もう、最終の列車も過ぎたことだし、お風呂を沸かすあいだ、線路で、花火してくる…?」
深い山に囲まれた鉄路は谷底、にぶいろに僅かに光りのこし、何かを暗示するかのようで、ひとすじの光りを鉄路に連ねるように、線香花火の灯を守る。
「お風呂、沸いたから入ってね。」唐突に、くったくなく相馬さん、ふりむけば、その笑顔が、今もあるような気がする単線の鉄路です。
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